【TORANECOさんインタビュー】『VALORANT』プロ選手からキャスターへ――セカンドキャリアにつなげた決断と努力

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【TORANECOさんインタビュー】『VALORANT』プロ選手からキャスターへ――セカンドキャリアにつなげた決断と努力

eスポーツ専門の求人メディア「eek(イーク)」では、eスポーツに関するさまざまな仕事にフォーカスした記事をお届けします。第4回は、『VALORANT』の公式大会で解説を務める、キャスターのTORANECOさんへのインタビューです。

TORANECOさんは『VALORANT』のプロ選手として活躍し、2023年には「SCARZ」のメンバーとして、国内大会「VALORANT Challengers Japan 2023 Split 2」(以下、VCJ 2023 Split 2)で優勝。そして、国際大会「VCT Ascension Pacific 2023」で準優勝という結果を収めました。

今回は、プロ選手からキャスターに転向したTORANECOさんが、いつどのようにセカンドキャリアへ進むことを決断したのか。そして、その裏側にはどのような努力があったのかなどについて聞いています。


大学に通いながらチーム活動を始め、『VALORANT』でプロに


――まず最初に、TORANECOさんが選手としてチーム活動を始めた経緯から教えてください。


TORANECO:

チーム活動を始めたのは、『Counter-Strike: Global Offensive』(以下、CS:GO)からでした。『CS:GO』では、幼稚園からの地元の友達と一緒にチームを組んでいて、2017年には豊洲PITで開催されたオフライン大会に、「TokugawaGaming」というチーム名で出場したりもしました。

そのころはプロチームに声を掛けていただくこともあったのですが、友達と一緒にアマチュアとしてチーム活動を続けていました。当時から、なれるならプロになりたいという気持ちはあったものの、『CS:GO』ではトップチームの「Absolute」でも、今の『VALORANT』のようなフルタイム制での活動が難しいという状況があったので……。

ただ、その後『VALORANT』がリリースされ、『CS:GO』で活動していた多くの選手たちが、プロとして活躍するようになりました。それを見て、自分も大学に通いながらチーム活動をしてみよう、と思ったことが始まりでした。

――『VALORANT』から、本格的にプロとしての活動を始めたのですね。


TORANECO:

最初は、「FIRST Gaming」というセミプロチームで活動をスタートしました。そのチームはスポンサーはついているけれど、選手活動だけでは食べていけないということで、オーナーがセミプロと位置づけていました。ただ、当時のメンバー(※)には、今「DetonatioN FocusMe」にいるAnthemもいて、セミプロというくくりにしては結構なメンバーでやっていたなと思います。

※当時の「FIRST Gaming」のメンバー:Anthem選手、bazz選手、KaKU選手、kaminoco選手、TORANECO選手

その後、「FAV gaming」から声が掛かり、「FIRST Gaming」にいた数名で移籍しました。そこからは本格的にプロとして活動し、「FAV gaming」の次は「Hexad」、「BLUE BEES」、そして「SCARZ」とチームを移っていきました。

――チーム活動と大学は、どのように両立していましたか?


TORANECO:

「FIRST Gaming」にいたときは、大学に通いつつバイトもしながらチーム活動をしていました。そのころのチーム活動は、時間帯としては20時から24時の4時間くらい。大会前は、18時から24時の6時間くらいでした。バイトは、「FAV gaming」に入ったときに辞めています。

大学については授業がそれほど多くなく、かつコロナの影響もあったので、授業に出つつチーム活動がしやすかった背景もあります。ただ、フルタイムで活動するために、途中で休学も挟みました。

VCJでの国内優勝、そしてVCT Ascensionでの準優勝を獲得


――「SCARZ」では、「VCJ 2023 Split 2」での優勝、そして「VCT Ascension Pacific 2023」での準優勝という結果を残しました。今、これらの実績を振り返ってどのように感じますか?


TORANECO:

今考えれば納得というか、それくらいのメンバーが運良く集まっていたなと思います。「SCARZ」には、「BLUE BEES」から4人で移ったのですが、もともと当時の「BLUE BEES」(※)には、競技シーンで実績を残しているかというと、そうではないメンバーが集まっていたんです。そこからスタートして、よく全員成長したなと思いますね。

※当時の「BLUE BEES」のメンバー:Jemkin選手、Kr1stal選手、TORANECO選手、Xdll選手、 善悪菌選手

「SCARZ」では、VCJに向けて活動をするなかでも、練習の段階から手応えとして勝てそうな感覚がありました。というのも、VCJの期間は、PacificリーグやAscensionに出るようなチームとスクリムをしていて、そこで良い成績を残せていたんです。その感触から、Ascension優勝の可能性も十分にあると思っていました。

ただ、Ascensionに関しては開催地がタイだったので、地元のファンがたくさん来ていたんですね。決勝で戦った「Bleed Esports」のsScary選手はタイの選手で、すごい声援が送られていて、それに飲まれてしまったことが負けにつながりました。僕自身、このときが初めての海外だったので、そういう部分での緊張感もあったかなと思います。

――「VCJ 2023 Split 2」の優勝直後、TORANECOさんが「まだこの優勝がどういう意味を持つのかわかっていない」と答えていたインタビューがありました。改めて、今振り返るといかがですか?


TORANECO:

自分は今27歳なんですが、これまで生きてきたなかで一番大きな存在がゲームでした。なので、そういう過去を思い出したときに、ゲームのプロ選手として日本一になれたことは、すごく達成感のあることだと思います。

「SCARZ」は多国籍メンバーで、彼らの力を借りつつではありましたが、彼らの日本での生活をサポートしたり、チームをまとめようとしたり、そういうことに自分が今まで積み上げたことがちゃんと活かせたのかなとも思っています。

――「SCARZ」は日本のチームでありながら、英語でコミュニケーションする特殊なチームだったと思います。TORANECOさんは、もともと英語が話せるバックグラウンドがあったのでしょうか?


TORANECO:

『CS:GO』をしていたときに、中国や韓国のプレイヤーとマッチングすることが多く、よく英語でコミュニケーションを取っていました。あと、学校での英語の授業も好きで、前に出て発表したりすることにもまったく抵抗がなかったので、そういうところが活きたと思います。

――てっきり海外生活や留学などの経験があるのかと思っていましたが……。


TORANECO:

いえ、全然日本で(笑)。「VCJ 2023 Split 2」で優勝したときは、ハーフが2人、ロシア人が2人、純日本人は自分だけというメンバーでした。

ただ、他のメンバーもそこまで英語がペラペラなわけではなく、同じレベルの単語や文法しか使わなかったので、コミュニケーションは取りやすかったですね。学生のときから、英語は完璧でなくとも自信を持って話せば伝えられるものだとわかっていたし、そこまで不自由はしませんでした。

「勝っても負けても引退」選手として区切りをつける決断


――TORANECOさんは「VCT Ascension Pacific 2023」の時点で、選手を引退することを決めていたと聞きました。これは、もし優勝して翌年からの「VCT Pacific」への出場権を得ていても、ですか?


TORANECO:

そうですね。その段階で、キャスターを含めていろいろ挑戦したいことがあったので、結果に関わらずプロとしての区切りをつけるつもりでした。

プロ選手には闘争心が必要で、シチュエーションごとに意識的に集中するというよりも、無意識的に集中力を高められるくらい、夢中でやれる人でなければ競技シーンで第一線を張っていくのは難しいと思います。そう考えると、自分はそういう闘争心よりも、チームを支えるような気持ちの方が大きかったので、立ち位置を変えるときだと思っていました。

――プロとして活動するなかで、心境の変化があったということでしょうか。


TORANECO:

プロはプロでやりたかったことなのですが、それをずっと続けるかというと、また違ってきます。他にもやりたいことがたくさんあって、今しかできない挑戦は、例えば家庭を持ったりするまでに全部やりきりたい気持ちでいました。なので、まだプロを続けたい気持ちもありはしましたが、「区切りをつけるなら今だ」と思いました。

ただ、全力を出しきらなかったということは決してありません。選手として後悔がないように、練習からチームのことをすべて全力でやったうえで、勝っても負けても引退しようと決めて挑んでいました。

――「VCT Ascension Pacific 2023」を最後に選手を引退することを決めたのは、どのタイミングでしたか?



TORANECO:

「SCARZ」として活動するなかで、2023年の頭くらいには考えはじめて、「VCJ 2023 Split 2」を戦っているときには決めていました。なので、もし「VCJ 2023 Split 2」で優勝できていなくても、引退していたと思います。

――セカンドキャリアとしてキャスターの道を選ぶことは、いつごろ決めていましたか?


TORANECO:

選手を引退したらキャスターをやりたいということは、結構前から考えていました。「FIRST Gaming」にいたときに、コミュニティ大会で解説をさせてもらったのが最初なので、2021年くらいにはもう考えていたと思います。

もともと『CS:GO』や、その前の『Counter-Strike Online』のころから、他の方が実況解説するのを見て、もし自分だったらどう話すかを考えるくらい興味があったんです。実際に解説をやらせてもらったときに、すごく楽しかったので、選手引退後はキャスターとしてやっていきたいと思っていました。

――TORANECOさんは、かなり早くからセカンドキャリアについて考えていた印象ですが、プロ選手はいつセカンドキャリアのことを考え始めるべきだと感じますか?


TORANECO:

選手によっては、セカンドキャリアをどうするかという考えよりも、プロとしてまっしぐらに進む人もいると思います。ただ、安定してやりたい人は、大学に通っているなら休学して、プロとして結果が出なければ大学に戻って就職するとか。そういうことを、プロを始めた時点で何かしら考えておく必要はあるのかなと思います。

――他の道への選択肢を残しておくということですね。


TORANECO:

そうですね。それに、プロになってもどんなセカンドキャリアに進むのか、始めからは決められないと思います。でも、今は何かしらの道があるはずなので、自分に合うセカンドキャリアが何なのか、念頭に置きながら活動するのがいいのかなと感じます。

――ただ、セカンドキャリアの前に、まずは目の前の一つひとつの試合に勝ち、選手として実績を残すからこそ開ける道があるという難しさもありますよね。


TORANECO:

たしかに、選手活動に集中してどれだけ結果を出せるか、一旦は本気で追い求めない限り、セカンドキャリアの道も開けない気はします。

とはいえ、プロとして結果が出ず、eスポーツ業界のなかでセカンドキャリアに進めなかったとしても、学校に戻って社会人を経験して、その後にeスポーツ業界に戻ってくることもできます。むしろ、その方が魅力的な人材になる可能性も、十分にあると思います。

毎朝「外郎売」を読む、キャスターになるための地道な努力


――キャスターは、選手時代の知識が活かせる一方で、表に出て話す仕事であるという大きな違いもあります。キャスターになるために準備していたことはありますか?


TORANECO:

キャスターになりたいという相談をyukishiroさんにしたら、eスポーツの実況解説に関する教科書的な資料を送ってくださって、まずはそれを見て基礎の部分を学びました。他のキャスターの方にも、動画を見ながら自分の声を入れたものを送って、フィードバックをもらったりしていました。

それから、いろいろ調べていくと、声を出すなかでも滑舌は練習すればするだけ良くなる部分だと書いてあったんです。なので、選手をしていたころから、「外郎売(ういろううり)」という練習題材を、毎朝声に出して読むようにしていました。早めに読んで5分くらいの内容なのですが、1年ちょっと前には見なくても全部言えるようになりました。

――選手時代からの地道な努力があったんですね。他にも、解説のクオリティを上げるためにしていることはありますか?


TORANECO:

頭の中で考えていることを言語化して、文字に起こすようにしています。これは今年1月ごろからやっていて、文字数でいうと10万字くらいになりました。そのおかげで、言語化が楽になってきたかなと思います。

――解説として必要なゲームの知識や情報を追っていくにあたっては、どのようなことを意識していますか?


TORANECO:

一つひとつの試合のなかで、メタがどうなりそうだとか、そのチームがどんな意図で動いているかとか、そういったところは元プロとして感覚をつかみやすい立場にいると思うので、常に考えながら見ています。あとは、新しいエージェントが出たら実際に使って使用感を調べたり、動画などで他の人たちの意見を見たりもしていますね。

――VCT公式キャスターに抜擢されて3ヶ月(2024年4月に取材実施)が経ちますが、解説としての手応えはいかがですか?


TORANECO:

元プロで解説の経験もあるという、そこに対する期待感を持っていただいているなかで、より良い解説をしていきたいという思いがありました。ただ、コミュニティ大会とトッププロの大会では、解説に求められる盛り上げ方や場の引き締め方に違いがあります。なので、しゃべりの緩急や声のボリューム、リアクションの量などは、少しずつ調整していきました。

そういうところは毎回、実況の方にフィードバックをもらうようにしていて、最終的に「VCJ 2024 Split 1」のPlayoffやオフラインの時点では、自分で納得できるくらいの形にできたと思っています。そこについてはキャスターの方々や、たくさん起用してくださった大会関係者の方々に感謝しています。

もちろんプロとしてキャスターを真面目に全力でやってきましたが、この3ヶ月を俯瞰してみると、新入社員でいう研修期間が終わったような形にも感じます。いろんな方に支えてもらいながら一通りの経験を積んで、求められるところまでクオリティを上げていく工程は、そんなふうに感じました。

――解説ならではのやりがいや面白さを感じるのはどんなときですか?


TORANECO:

例えばオフラインの場で、オフラインを経験した自分ならではの話ができたときなどは、解説としての面白さを出せているかなと思います。『VALORANT』のことなら、いくらでも話していられるので、今の自身として一番シーンに貢献できるポジションが解説なのかなという実感はありますね。

――逆に、大変だと感じるのはどんなときですか?


TORANECO:

バラエティー色を出すトークが求められるような場面は、難しいですね。解説というよりもMC的なポジションになるとき、若干まだ難しさを感じます。

――eスポーツ大会はかなり長丁場になることも多いですが、そういったところは大変だと感じませんか?


TORANECO:

テックポーズなどでどれだけ場をつなぐ必要があっても、2時間でも3時間でも話し続けられる自信があるので、あまりそういう面での苦労を感じることはないです。

自分としては、人と遊びに行って会話するよりも、カメラの前で話しているほうが楽しく感じるんですよ。だから、「今日大変そうだな……」と思いながら仕事に行くことは、ほぼありません。そう考えると、キャスターへの転向は自分に合っていたし、タイミングもばっちりだったなと感じます。

解説に限らず、実況やMCを含めた幅広い活躍を目指す


――TORANECOさんが考えている、今後の目標について教えてください。


TORANECO:

解説に限らず、実況やMCもやっていきたいと考えています。VCT公式キャスターは、実況の方が多いので難しいと思いますが、コミュニティ大会などでお声掛けいただければ、ぜひやっていきたいですね。

それから、クリエイター全般に興味があって、番組制作や企画などもやってみたいです。あとは、YouTubeの動画制作であるとか、絵や文章、音楽にも興味があるので、キャスターの仕事に集中しつつ、そういうところも徐々にやっていきたいと思っています。

――「この人のようになりたい」といった理想像はありますか?


TORANECO:

キャスターとしていろいろな方を尊敬していますが、なかでも岸大河さんの隣に立つときに、圧倒的なすごさを感じます。岸さんは、その場の“格”を上げてしまわれる方だと思っていて、そういった立ち振る舞いの部分は理想像の1つです。

理想の形に近付くために、これから発声をどこかへ習いに行こうと思っているのと、岸さんは特に体力もすごいと思っているので、体力をつけるためにジムにも通おうと決めています。

――それでは最後に、eスポーツ業界で働きたい人にメッセージがあればお願いします。


TORANECO:

eスポーツ業界で一番大事なのは、シーンで起こっていることに自然に興味を持てるかどうか、つまり好きかどうかだと思います。例えば、実況解説でもeスポーツに限らず上を見れば、すごいアナウンサーの方々がたくさんいるじゃないですか。

でも、その人たちよりもゲームのことが好きで、選手がXで1つポストしただけでも、それを知っているくらいの好き度が、僕たちには求められていると思っています。

それに、eスポーツ業界にはいろいろな入り口があります。なので、自分の好きな気持ちを大事にして、何かしらの活動をしていれば、どこかのタイミングでeスポーツ業界で働ける機会がくるのではないかと思います。

――セカンドキャリアに不安を感じて、プロになるか迷うプレイヤーがいたとしたら、どんなことを伝えたいですか?


TORANECO:

僕もプロになるか悩んだタイミングがあって、そのときにキャスターではなくプロを選んだのは、「今しかできない」と思ったからでした。選手の場合は、年齢を重ねると難しくなります。なので、プロとして誘いをもらったとか、そういうチャンスが巡ってきて、本当にプロになりたい気持ちがあるなら、後先考えずにやったほうが後悔しないと思います。

――TORANECOさん、ありがとうございました!

――TORANECOさん、ありがとうございました!
取材・文:綾本ゆかり